幸せなコワーキングへ向けて(1)
幸せなコワーキングへ向けて (1)
この数年、「幸せ」というものがしばしば企業の経営や人事の戦略として取り上げられるようになってきた。先進的な企業文化で知られる米国の靴会社・ザッポスのCEOが2010年に出版した『ザッポス伝説』がその一つのきっかけとなり、従業員の幸福や満足度こそが企業の生産性や創造性の鍵であると出張する書籍や雑誌が次々と出ている。幸せを高める具体的な手段としては、「チーフ・ハピネス・オフィサー」(CHO)という役職の導入が勧められている。CHOは、“社員の幸せ向上に専念する責任者”であり、グーグルを始めとした欧州企業で普及が進み、日本でも広まる動きが出てきている。
このブログシリーズでは、多くの組織で応用可能な「職場実験」が共通テーマとなっているので、まずは「チーフ・ハピネス・オフィサー」が何をすれば良いかについて、部下がいて上司もいるというごく普通の職場設定で考えてみよう。さらに、今回の考察をベースに、次回の投稿では、仕事の場面がコワーキング・スペースに変わった時の、少し違ったCHOの役割について検討したい。
さて、社員の幸せや満足度をグンとあげることを目的として、一つだけ実験ができるとするならば、あなたなら何をやればいいと思うか。イギリスにおける“幸せ推進者”の一人であるHenry Stewartによれば、それは「決裁」をなくすことに他ならないという。その代わりになるのが「事前承認」(pre-approval)という新しいやり方であり、その導入が必ずや企業文化の劇的な改善につながると、Stewartは著書『The Happy Manifesto』で提言している。
マーケティングキャンペーンの企画の例を取り上げてみよう。たとえば、「5~60代の女性向けに自社で新しくデザインしたハンドバッグを売りたい」という基本的な目的を上司とチームで設定する。が、それ以外の企画ステップや細かいターゲットは完全に自由、つまり、担当の個人(あるいはチーム)が最初から最後まで企画過程をリードし、その間に上司によるチェックは入らない。同僚などからのアドバイスを求めるのは歓迎されるが、決裁不要で企画は出来上がり、採用される。
なぜこの(最初は上司が不安を抱きそうな)やり方が有効なのだろうか。
それはまず、社内の信頼関係を高めるからである。上からのチェックが入らない=「あなたにはこの仕事が十分にできると私たちは信じています」といった強いメッセージになる。モチベーションを向上させる経営態度である。
次に、上司か先輩の細かくて厳しい「赤ペン」が入るかもしれない、といった不安やためらいがなくなれば、創造的な仕事の幅は随分と広がるだろう。イノベーティブな発想の発生率と実現の可能性が高まり、組織が新鮮になっていく。
そして、もっとも重要な効果としては、担当の個人やチームが、自分の仕事・プロジェクトについて、以前よりももっとしっかりとした責任を持たざるを得なくなるということだ。ただ重苦しい「結果責任」ではなく、肯定的な「オーナーシップ」を感じることができれば、やる気・やりがいが高まるだろう。
もちろん、決裁をなくすからといって、社内放置状態を作るわけではない。細かいマイクロマネージメントを止めれば、上司はストレスが減るとともに、社員の全面的な支援に力を入れる余裕ができるだろう。さらには、自社の文化やシステムの改善に全力で取り組むことができるかもしれない。ソニックガーデンのCEOである倉貫義人は、『管理ゼロで成果はあがる』という著書の中で、それに似た観点からの組織変革を提案している。いわば、「柔軟なシステム」の中の“自由”である。
もし僕が、CHOとして日本の大手企業に雇われたとしたら。まず既存の決裁文化やそれに対する社員の考え方について、匿名のネット調査を行うことにしたい。次に、その結果を分析しながら小規模な実験をデザインする。実験台になるオフィスや課の責任者とコラボレーションしながら方向性を設定し、社員に実験の目的を丁寧に説明する。それから定期的に調査を繰り返して「事前承認」の実現についてのノウハウを高める。会社特有の状況や文化が必ずあるので、それを十分に把握した上で、成功例が出れば社内で広めていく。それほど難しいプロセスではない。
当然他にも、幸せや創造性を推進する方法は数えきれないほどあるが、「チーフ・ハピネス・オフィサー」としては上記のようなレバレッジ・ポイントから始めることが重要だと思う。つまり、既存の慣習・関係性の一つを変えることで文化全体に肯定的な変化をもたらす、といった実験のやり方である。
部下がいて上司もいるというごく普通の職場設定と比べれば、コワーキング・スペースで働く人の幸福を担当するCHOは少し異なった立場に置かれる。単純に言えば、多くの職場において不幸の最大原因である上司(あるいは上司の経営スタイルや上司・先輩との関係)がそもそもいない。高い幸福度を達成する上で大きな妨げとなるものが始めから一つないという環境なら、幸せに働ける可能性は高まるかもしれない。しかし、妨げるものがないと同時に、推進要員や必要な支援も得られないかもしれない。新しい領域ではあるが、次の投稿で真っ正面から取り組みたいのは、「幸せなコワーキング」を推進する実験だ。
*あなたにとって「幸せなコワーキング」とはどんな時に実現するのか?コワーキングスペース/コワーキング組織のCHOとして、あなただったらどのような対策をとるか?コメントのある方は、是非ttoivonen@glocom.ac.jp までメールを下さい。新しい投稿では、なるべく多くの方のコメントを取り上げたいと思っています。